原発是非論は後回し。大事に至らぬよう関係者の皆さんがんばって。(哲




20110313句(前日までの二句を含む)

March 1332011

 天井に風船あるを知りて眠る

                           依光陽子

の句が表現しようとしているのは、どんな心情なのでしょうか。吹き抜けの、とんでもなく高い天井の部屋ならともかく、普通の家の天井なら、椅子に乗れば容易にとれるだろう風船を、どうしてそのままにして眠るのでしょうか。体を動かすのが億劫に感じるほどほどの、つらい悩みでもあるのか。あるいは、赤や黄の混じった風船の明るさを、目を閉じる直前まで見ていたいからそうしたのか。どちらにも解釈できますが、個人的にはだるい悩みに冒された人の姿が目に浮かびます。風船と言えば昔、子どもたちが小さかったころにディズニーランドへ行った時のことを思い出します。閉園の時刻まで遊んで、帰りのバスを待っている列に並んでいたときに、土産に買ったミッキーマウスの風船が僕の手から放れて、暗い上空にどこまでも上がって行きました。実に美しい上がり方でしたが、もちろん子どもたちは泣き出し、さんざんな一日の終わりになってしまったのでした。あれもひとつの天井だったかと、ふとこの句を読んで、思いました。『新日本大歳時記 春』(2000・講談社)所載。(松下育男)




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