January 15 2011
折鶴のふつくらと松過ぎにけり
峯尾文世
我が家では正月七日に松飾りをはずすが、所によってさまざまらしく、ひとくくりに関東と関西で異なるとも言えないようだ。ともあれ、松がとれれば松過ぎ、普段通りの生活に戻るが、年が改まったという新しい心地がしばらく残っている。今年の東京は、寒の入りからぐっと冷えこんで来てこれからが寒さも本番だなと思いながら、この句を読んで久しぶりに鶴を折ってみた。直線で形作られた折鶴に最後に息を吹きこむと背中がふくらんで、その独特の姿が完成する。テーブルにそっとのせると、午後の日差しが折鶴にうすい影を作っている。確かに寒いけれど、小正月が過ぎれば立春まで三週間を切るのだとふと思う。冬至の頃、これからは昼が長くなる一方と少しうれしくなるように、松過ぎには待春の心が芽生えるものなのだなと、折鶴の背中のやわらかな曲線を見つつあらためて感じた。上智句会句集「すはゑ(木偏に若)」(2010年8号)所載。(今井肖子)
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