December 13 2010
冬うらら隣の墓が寄りかかる
鳴戸奈菜
まるで電車の座席で隣りの人が寄りかかってくるように、墓が寄りかかっている。実景であれ想像であれ、作者はその光景に微笑している。微笑を浮かべているのは、なんとなく滑稽だからという理由からではないだろう。このとき作者はほとんど寄りかかられた側の墓の心持ちになっていて、死んでもなお他人に寄りかかってくる人のありようを邪魔だとか迷惑だとかと思わずに、許しているからだと思われる。この心境は同じ句集のなかにある「冬紅葉愛を信ずるほど老いし」に通じており、老いとともに現れる特有のそれである。若ければ寄りかかってきた人を無神経だとかガサツだとかと撥ね除けたくなるのに、老いはむしろそれを許しはじめる。なにはともあれ、そんな迷惑行為ができるのも生きているからなのだと、生命の側からの思いが強くなるからなのである。それがまた、掲句では相手の墓の主は死んでまで寄りかかってきた。それを、どうして迷惑なんぞと振り払うことができようか。うららかな冬晴れのなかで、作者はしみじみと「愛」を信ずる情感に浸っている。『露景色』(2010)所収。(清水哲男)
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