November 30 2010
鉄筆をしびれて放す冬の暮
能村登四郎
謄写版の俗称であるガリ版の名は、鉄筆が原紙をこするときにたてる音からきているというが、この名に郷愁を覚える世代も40代以上になるだろうか。鉄筆は謄写版に使用する先端が鉄製のペンである。用紙には薄紙にパラフィンなどが塗ってあるロウ紙を用い、鉄筆で文字を書くと塗料が削られることで、インクが収まる溝ができる。ちょっとした彫刻にも似て、指先にかかる筆圧はおしなべて均等でなければならず、ペンで書く場合とは大きく異る。学校のテストやお知らせ、文集などに活躍したが、コピー機やパソコンという技術にあっという間にその座は奪われた。テスト以外では、生徒を数人呼んで時折手伝わせることもあり、職員室に満ちるかりかりという乾いた音のなかに入ることはほこらしくもあった。子どもにとっては、慣れない文具はどれも新鮮で、間違ったときの修正液のマニキュアのようなボトルを使うとき、なんだかとっても大人になったような気がしたものだ。あっという間に暗くなる冬の日に、先生たちは学生の姿が消えた放課後の運動場を眺めながら、疲れた腕を伸ばすのだろう。鉄筆から生まれた文字は、読みにくい字であれ、きれいな字であれ、どれも先生の匂いがするようなぬくもりがあった。『能村登四郎全句集』(2010)所収。(土肥あき子)
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