今週も暑そうだ。この暑さがおさまったら、どかんと冬が来そう。(哲




20100906句(前日までの二句を含む)

September 0692010

 落蝉に一枚の空ありしかな

                           落合水尾

生句ではない。作者の眼前には、落蝉もなければ空もない。「ありしかな」だから回想句かとも思われるが、それとも違う。小さな命の死と悠久の空一枚。現実の光景をデフォルメすれば、このような景色は存在するとも言えるけれど、作者の意図はおそらくそうした現実描写にはないだろう。強いて言えば、作者が訴えているのは、命のはかなさなどということを越えた「虚無」の世界そのもの提出ではなかろうか。感傷だとか慈しみだとか、そういった人情の揺らぎを越えて、この世界は厳然と展開し存在し動かせないものだと、作者は言いたいのだと思う。このニヒリズムを避けて通れる命はないし、そのことをいまさら嘆いてみても何もはじまらないのだ。私たちの生きている世界を何度でもここに立ち戻って認識し検証し、そのことから何事かを出発させるべきなのだ……。妙な言い方をするようだが、この句は老境に入りつつある作者の人生スローガンのようだと読んだ。『日々』(2010)所収。(清水哲男)




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