八月尽。今年もあと四ヶ月です。月日の経つのは早いですねえ。(哲




20100831句(前日までの二句を含む)

August 3182010

 骨壺をはみだす骨やきりぎりす

                           杉山久子

月始めに亡くなった叔母はユーモアのある女性で、遊びに行くたびに飼っていた文鳥の会話をおもしろおかしく通訳してくれ、幼いわたしは大人になれば難しい漢字が読めるように鳥の言葉がわかるようになるのだと信じていたほどだった。70歳になったばかりだったが、40代からリウマチで苦しんだせいか、火葬された骨は骨壺をじゅうぶんに余らせて収まった。しかし掲句は、はみだすほどであったという。それは、厳粛な場所のなかでどうにも居心地悪く存在し、まさか茶筒を均らすようにトントンとするわけにもいかぬだろうし、一体どうするのだろうという不安を骨壺を囲む全員に与えていたことだろう。俳人としては、死ときりぎりすといえば思わず芭蕉の〈むざんなや冑の下のきりぎりす〉を重ねがちだが、ここは張りつめた緊張のなかで、「りりり」に濁点を打ったようなきりぎりすの鳴き声によって、目の前にある骨と、自身のなかに紡ぐ故人の姿との距離に唐突に気づかされた感覚が生じた。「はみだす」という即物的な言葉で、情念から切り離し、骨を骨としてあっけらかんと見せている。〈かほ洗ふ水の凹凸揚羽くる〉〈一島に星あふれたる踊かな〉『鳥と歩く』(2010)所収。(土肥あき子)




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