June 21 2010
父に似て白き団扇の身に添へる
渡辺水巴
よく団扇を使う。いちおう部屋には冷房装置があるのだけれど、あの冷え方は好きじゃないので、ここ三年ほどはもっぱら団扇でパタパタやっている。といっても、私が使う団扇は街頭などで配られている広告入りのものだから、風情も何もあったものではない。そこへいくと、掲句の作者が使っている団扇は、ちゃんとした商品として売られていたものだろう。毎夏いろいろな色やデザインのものを求めてきたが、いつしか白系統の団扇に落ち着いてきた。白いものが、結局は自分にしっくりくると思うようになった。思い起こせば、父の好みもそうだった。やはり親子は似て来くるものだなあと、しばし苦笑まじりの感慨を覚えている。ここでいま私が使っている団扇をつくづくと眺めてみると、表にも裏にもぎとぎとの豚骨ラーメンの写真が出ている。なんとも暑そうなデザインで、これで扇いだヒには、熱風でも巻き起こりそうな感じである。どうしてこのラーメン屋は夏にこんな暑苦しい団扇を配ったのか。涼味を呼ぶにはほど遠い絵柄の団扇を、しばし眺めて溜め息をついたのだった。『現代俳句歳時記・夏』(2004・学習研究社)所載。(清水哲男)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|