June 10 2010
おまへまで茹でてしまうたなめくぢり
西野文代
今年の5月に西野文代さんが八十七回目の誕生日を迎えられた。それを記念して「爽波を読む会」に集まった仲間たちの鑑賞文を集めた『なはとびに』が上梓された。一読、作品の魅力を引きだす鑑賞の面白さと同時に選び出されている西野さんの俳句のおおらかさ、自在さに魅了された。掲句は青菜の裏についていたなめくじが、ぷかっとお湯に浮かびあがってきたのだろうか。「おまへまで」の「まで」に野菜を茹でるにも、はい食べさせてもらいますよ、熱いけどごめんなさいよ。と言った心持ちであり、それに加えて何も知らないで青菜を食べていたおまえまで茹でてしまうた、罪なことをしたなぁと語りかけているすまなさが感じられた。そんな作者の優しい気持ちが文語表記の柔らかさに生かされている。森羅万象、動物や虫たちのいのちと同等に付き合えるようになり、その気持ちがそのまま俳句になるには俳人としての修練以上に人としての年季が必要なのだろう。なめくじを見つけたら塩をかけて喜んでいる自分なんぞは到底その境地に至れそうにない。「なんぢ毛虫雨粒まみれ砂まみれ」「へちまぞなもし夜濯の頭に触れて」『なはとびに』(2010)所収。(三宅やよい)
『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます
|