間もなくワールドカップ開幕。少しは気になるという程度ですが。(哲




20100606句(前日までの二句を含む)

June 0662010

 読まず書かぬ月日俄に夏祭

                           野沢節子

段は行かないのですが、今年は友人が朗読をするというので、5月末の日曜日に、「日本の詩祭」に行ってきました。会場に入ってまず驚いたのが、広い場内のほとんどの席がすでに埋まっており、その人たちがたぶん皆、詩人であることでした。日本にはこれほど多くの詩人がいるものかと思った後で、しかし「詩人」なるものの定義も、どこか曖昧だなと、あらためて思いもしました。わたしも、ものを書いて発表するときには、ほかにぴったりする呼び名もないので、名前のあとに(詩人)とつけられることがあります。しかし、言うまでもなく詩を書いて生活をしているわけでもなく、また、毎日毎日詩を書いているわけでもありません。では、読むほうはどうかといえば、これも、通勤電車で読む日経新聞と会社の書類以外には、まったく何も読まない日々もあり、月日はそれでも詩人を過ぎてゆくわけです。とはいうものの、心のどこかには、自分にはもっとすごい詩が書けるのではないのか、そのためにはきちんとした勉強を怠ってはいけないのだという気持ちはしっかりともっており、だからいつも焦っているわけです。焦って見上げる夕暮れの空からは、遠い祭囃子の音が風に乗って聞こえてきます。ああ、今年ももう夏祭の季節になってしまったのだなと、さらに人生に、焦りの心が増してくるのです。『俳句のたのしさ』(1976・講談社)所載。(松下育男)




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