20100516句(前日までの二句を含む)

May 1652010

 蝿叩此処になければ何処にもなし

                           藤田湘子

も虫も、めったに部屋に入り込むことのないマンション生活の我が家では、一匹の蝿の音がするだけで、娘たちは大騒ぎをします。はやく窓の外に出してくれと、そのたびに頼まれますが、今やどこを探しても蝿叩きなどありません。それにしても昔は、何匹もの蝿が部屋の中を飛び回っているなんて、あたりまえの光景だったのに、いつごろから蝿の居場所はなくなってしまったのでしょうか。顔のまわりに飛び回るものがなく、わずらわしさがなくなったとは言うものの、この部屋には人間のほかにはどんな生き物もいないようにしてしまったのだなと、妙な寂しさも湧いてきます。今日の句は、一家に幾本かの蝿叩きが常備していた頃のことを詠んでいます。たしかに、蝿叩きをつるすための場所はあっても、そこにきちんとぶら下がっていることはありませんでした。前回蝿を叩いた場所の近くに、無造作に放り投げられているわけです。その、放り投げられた場所の周りに、若かった頃の家族が、ごろごろと寝そべっていた夏の日をにわかに思い出し、つらくも懐かしい気持ちなってしまいました。『現代の俳句』(2005・講談社)所載。(松下育男)




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