April 222010
春闌けてピアノの前に椅子がない
澤 好摩
ピアノの椅子はどこへ行ったのだろう。確かに、椅子のないピアノは間が抜けている。ピアノを弾こうとする立場からこの句を読めば、はて、とあたりを見まわす落ち着かない気分になる。立って弾いてもさわりぐらいは奏でられるかもしれないが、本格的に弾こうと思えば腕に力が入らない。やはりピアノは全身を使って奏でる楽器だろう。ただ椅子がないのが常態の姿と考えると、弾き手がいなくなって、見捨てられたピアノが巨大な物置場になって部屋にある様子が想像される。子供のためによかれと小さい頃からピアノをやらせたものの大きくなるにつれ面倒なピアノの練習を放り出して、見向きもしなくなるのはよくあるパターン。巣立った娘たちに置き去りにされたピアノは春の物憂さを黒光りする身体に閉じ込め、蓋を閉じたまま沈黙している。この春も終わろうとしているのに誰にも触られないまま古びてゆくピアノは孤独かもしれない。『澤好摩句集』(2009)所収。(三宅やよい)
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