March 142010
手をはなつ中に落ちけりおぼろ月
向井去来
意味をたどってゆく前に、一読、なにかぐっとくるなと感じる句があります。それはおそらく、語と語との関係性以前に、語それぞれが、すでにきれいな姿をもち、わたしたちに与えられてしまう場合です。本日は、まさにそのように感じることのできる句です。「手」「はなつ」「落ちけり」「おぼろ」「月」、どれも十分に魅惑的に出来上がっています。さて、「手をはなつ」というのですから、それまで握り合っていた手を放すということ、つまりは別れの場面なのだと思います。その、手と手が離れた空間の中に、朧月がちょうど落ちてゆくというのです。ということは、作者の視点は別れる人たちの中間にあることになりますが、そこはそこ、作者の想像による視点の移動と考えたほうがよいのでしょう。別れてゆくつらさを感じているのは、まさに作者自身であり、それまで握っていた手が、大きさの違う異性のものであると感じてしまうのは、「おぼろ月」という語から発散されるロマンチシズムによるもののようです。『俳句大観』(1971・明治書院)所載。(松下育男)
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