October 23 2009
田圃から見ゆる谷中の銀杏かな
正岡子規
子規が見る景色すなわち子規の作品の中の風景というのは「見ること」「見えること」そのこと自体を目的とする風景のように思えてならない。何を見るのかということや、見て何に感動するということよりも、見るということ自体に意味がある、そんな風景である。たんぼの中から谷中の銀杏の巨木を見ている。子規つまり、内部に「生きている私」を抱えた存在が眼という窓を通して風景を見ている。見ていること自体が存在することなのだ。この句から谷中の下町の風情などを読み取ろうとするのは子規の写生を読み解く本意にあらずと僕は思う。『新日本大歳時記』(1999)所収。(今井 聖)
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