October 18 2009
手榴弾つめたし葡萄てのひらに
高島 茂
俳句を読み慣れている人には容易に理解できる内容も、めったに句を読む機会のないものには、短すぎるがゆえに何を表現しているのか正確にはわからないことがあります。たとえば本日の句では、てのひらに載っているのは手榴弾でしょうか、あるいは葡萄でしょうか。どちらかがどちらかの比喩として使われていると思われるものの、断定ができません。間違いなくわかるのは、「つめたし」が手榴弾にも葡萄にも感じられるということ。どちらにしても双方の、小さな突起を集めた形と、個々の表面に感じる冷たさが、作者の複雑で繊細な心情をしっとりと表しています。ほどよい大きさの、それなりの重さを手に持つことは、なぜか気持ちのよいものです。生き物ではなく、物に触れることによってしか保てない心というものが、たしかにあります。手榴弾、葡萄という魅力的に字画の多い漢字を、「つめたし」「てのひらに」のひらがながやさしく囲っています。じっと冷え切った物に対峙するようにして、柔らかな皮膚をもった私たちが、句の中に置かれています。『日本名句集成』(1992・學燈社)所載。(松下育男)
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