September 11 2009
校門をごろごろ閉ぢて秋の暮
本井 英
この句の魅力は一点「ごろごろ」である。秋の暮はもともとは秋季の終わりという意味だが、最近は秋の夕暮という意味に使う例が多いらしい。本井さんは季語の本意に詳しい方なので、前者の意味だと僕は思う。秋も終わりごろの朝の校門の風景。これを暮際だととると下校の指導のあとか、用務担当の仕事になる。やはり朝。登校してくる生徒の服装やら持ち物やらに眼を光らせたあと、教師がごろごろと門を閉じる。重い扉を全力で閉めながら、ときどき教師は「チクショー!」とでも叫び出したくなる。人を教えるという職業の嘘臭さ、いかがわしさ、また無力感が自らを振り返るとき思われる。この「ごろごろ」はそういう音だ。『八月』(2009)所収。(今井 聖)
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