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August 0782009

 紙伸ばし水引なほしお中元

                           高浜虚子

まどきのデパート包装のお中元を考えていたものだから、どうして紙は皺になったのか、水引の紐は直さざるを得ない状態になってしまったのかと不思議に思った。運ぶ途中で乱れを生じたと単純に考えればよかった。でも虚子のことだから何かあるなと考えたわけである。これはひょっとしたら人からもらった物を使いまわして誰かに持っていったのかも知れぬ。それなら紙を伸ばし水引をなおす理由があるだろうと。これはきっとそうに違いないと考えて、一晩置いてもう一度この句をみたら、いや、これは単に大切な方にお中元を出すとき失礼のないように整えて出したというだけではないかと思い始めた。つまり日頃の感謝というお中元の本意だ。そう思った途端、自分の想像が恥ずかしくなった。そういう可能性を考えたということは自分の中にそういう気持ちの片鱗があるということだ。ああ、俺はなんてセコイことを考えるんだろうと自己嫌悪に陥ったが、この句、単なる感謝の配慮なら当たり前の季題の本意。どこかで僕の解釈の方が虚子らしいんじゃないかとまだ思っている。『ホトトギス俳句季題便覧』(2001)所収。(今井 聖)




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