July 05 2009
愛されずして沖遠く泳ぐなり
藤田湘子
もっとも鮮烈で純粋な愛は片思いであると、先日韓国ドラマを見ていたら、そんなセリフが出てきました。愛に関する言葉など、どんなふうに言ったところで、身に惹きつけてみれば、長い人生の中でそれなりに頷かれる部分はあるものです。岸から遠くを、激しく腕を動かしながら、若い男が泳いでいます。見れば海岸には、思いを寄せる一人の女性の姿が見えています。遠くて表情まではわからないものの、友人と並んで、屈託なく笑ってでもいるようです。どんなにこちらが愛したところで、その人に愛されるとはかぎらないのだと、泳ぎの中で無残にも確認しているのです。夏の明るすぎる光を、いつもよりもまぶしく感じながら、どうにもならない思いの捨て場を、さらに探すように沖へ泳いでゆきます。夏休み、と聞くだけで妙に切なくなるのは、ずっとその人のことを思うことの出来る長い時間が、残酷にも与えられてしまうからなのです。『日本名句集成』(1991・學燈社)所載。(松下育男)
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