イノチとカネ、どちらが大事か。各国の豚インフル対策に明瞭にあらわれる。(哲




20090501句(前日までの二句を含む)

May 0152009

 歯に咬んで薔薇のはなびらうまからず

                           加藤楸邨

あ、まさしく楸邨の世界だ。句の世界のここちよい、整った「完成度」など最初から度外視。薔薇にまつわる従来のロマンの世界も一顧だにされない。薔薇嗅ぐ、薔薇抱く、薔薇剪る、薔薇渡す、薔薇挿す、薔薇買う…僕らは薔薇のこれまでの集積した情緒を利用し、そこにちょっとした自分をトッピングしようとする。その根性がもうだめなんだとこのものすごい失敗作は教えてくれる。五感を動員して得られたその瞬間の「自分」をどうしてもっと信頼しない。そこが無くしてどうして自己表現、ひいては自分の生の刻印があろうか。楸邨は眼前の薔薇を実感するためについには薔薇を口に入れて「うまからず」とまで言わねば気すまない。一般性、共感度、日本的美意識。そんなものは鼻っから考えてもいない。それらがあたまの隅にあったとしても、対象から得られる自分だけの「実感」が最優先だ。こういう句を俳諧の「滑稽」で読み解こうとするひとがいたらヘボだ。『吹越』(1976)所収。(今井 聖)




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