February 18 2009
つみ上げし白き髑ろか雪の峯
会津八一
なるほど冬の山間部に踏みこめば、雪に覆われた峯々は確かに「白き髑(どく)ろ」を重ねたように見える。大きくふくらんで盛りあがっている髑髏もあれば、小さくちぢこまっている髑髏もある。さまざまな表情をした髑髏が、身を寄せ合い重なり合っているようであり、峯々はまさしく「つみ上げ」たようにも眺めることができる。上五「つみ上げし」が、見あげるような峯の高さを表現している。凝ったむずかしい表現を避けて、さりげなく「つみ上げし」としたところにかえって存在感がある。特に雪の詠み方は、妙な技巧をほどこさないほうが生き生きとした力を発揮する。雪の峯を「髑ろ」ととらえてみせたところに、モノの姿かたちを厳密に見つめる書家・秋艸道人らしい視線が感じられる。その「白き髑ろ」の表情も、天候や時間の経緯によって刻々と変化して見えてくるはずである。髑髏とはいえ、ここには少々親しげな滑稽味も読みとれる。雪山はある時は峨々として、ある時はたおやかにも眺められよう。但し、八一が「髑ろ」である、と断定しきらずに、一語「・・・か」という疑問含みのニュアンスを残したことによって、句の奥行きが増したと言える。八一の俳号は八朔郎。ほかに雪を詠んだ句に「あさ寒や妙高の雪みな動く」「俳居士の高き笑や夜の雪」などがある。『会津八一全集第六巻 俳句・俳論』(1982)所収。(八木忠栄)
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