February 06 2009
桜貝拾ふ体のやはらかき
中田尚子
これは自分の体。桜貝を拾う人を客観的に見ての感慨だと「やはらかき」の表現は出ない。この人、自分の体のやわらかさに驚いている。体を曲げて桜貝を拾うとき自分の体の柔軟さに気づき「おっ、私ってまだいけるじゃん」と思ったのだ。これは自己愛表現ではない。日頃、自分の体の手入れを何もしていない人が、それにもかかわらず意外に曲がってくれる骨や筋肉に対していつもほったらかしにしていてごめんねというご挨拶。または自分の老いをときに自覚している人のほろ苦い告白。桜貝の存在に必然性はない。体を曲げて拾う何かであればいいので、桜貝でもいい、という程度の存在。それはこの句の短所なのではなくてむしろ長所。季題以外にテーマがきちんとあるということ。『別冊俳句平成秀句選集』(2008)所収。(今井 聖)
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