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August 2682008

 八月のからだを深く折りにけり

                           武井清子

を二つに折り、頭を深く下げる身振りは、邪馬台国について書かれた『魏志倭人伝』のなかに既に記されているという長い歴史を持つ所作である。武器を持っていないことを証明することから生まれた西洋の握手には、触れ合うことによる親睦が色濃くあらわれるが、首を差し出すというお辞儀には一歩離れた距離があり、そこに相手への敬意や配慮などが込められているのだろう。掲句では「深く」のひとことが、単なる挨拶から切り離され、そのかたちが祈りにも見え、痛みに耐える姿にも見え、切なく心に迫る。引き続く残暑とともに息づく八月が他の月と大きく異なる点は、なんとしても敗戦した日が重なることにあるだろう。さらにはお盆なども引き連れ、生者と死者をたぐり寄せるように集めてくる。掲句はそれらをじゅうぶんに意識し、咀嚼し、尊び、八月が象徴するあらゆるものに繊細に反応する。〈かなかなや草のおほへる忘れ水〉〈こんなふうに咲きたいのだらうか菊よ〉〈兎抱く心にかたちあるごとく〉『風の忘るる』(2008)所収。(土肥あき子)


December 19122011

 猟人の提げて兎の身は長し

                           望月 周

にも、この句の実感がある。子供の頃の田舎では、冬の農閑期になると、大人たちが銃を持ち猟犬を連れて山に入っていった。ターゲットは主として野兎で、夕暮れ近くになると獲物を提げた男らの姿が目撃され、だらりと垂れ下がった兎は、句にあるようにずいぶんと長く感じられたものだった。兎といえば、生きているときの丸っこいイメージが強いので、短躯と思いがちだけれど、実際は違うのである。肉はすぐに食べてしまうが、皮は干してから実用にする。納屋の壁などに長々と干されてある兎の姿は、懐かしい風物詩のように、いまでもときどき甦ってくる。そんな昔であれば、この句はちょっとした日常のなかの発見を詠んだことになるが、四十代の作者はいつごろ、どこでこんな兎を見かけたのだろうか。『俳コレ』(2011)所載。(清水哲男)




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