June 14 2008
もの言はず香水賣子手を棚に
池内友次郎
草田男に、〈香水の香ぞ鉄壁をなせりける〉の句がある。ドレスアップして汗ひとつかいていない美人。まとった香水の強い香りが、彼女をさらに近寄りがたい存在にしているのだろうか。昨今は、汗の匂いの気になる夏でも、そこまで強い香水の香りに遭遇することはほとんどないが、すれ違いざまに惹かれた香りの記憶がずっと残っていたりすることはある。この句は昭和十二年作、「銀座高島屋の中を歩き回った」時詠んだと自注がある。その頃の売り子、デパートガールは、今にも増して女性の人気職業だったというから、まだ二十代の友次郎、商品よりもデパートガールについ目が行きがちであったことだろう。客が香水の名前を告げると、黙って棚のその商品に手を伸ばす彼女。どこに何が置いてあるか熟知しており、迷う様子はない。友次郎は、彼女のきりっとした横顔に見惚れていたのかもしれない。そして、後ろにある棚に伸ばした二の腕の白さに、振り向きざまに見えた少しつんとした表情に、冷房とはまた違った涼しさを感じたのだろう。香水そのものを詠んでいるわけではないけれど、棚に手を伸ばすのは、やはり香水売り子がぴたっとくる。『米壽光来』(1987)所収。(今井肖子)
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