昨日はバスのストで会社を休んだ。組合の粘りを讃えるとともに潤沢な資金を思う。(哲




20080326句(前日までの二句を含む)

March 2632008

 春の風邪声を飾りてゐるやうな

                           高橋順子

うまでもなく「風邪」は冬の季語であり、風邪にまつわる発熱、咳、声、のど、いずれも色気ないことおびただしい。けれども「春の風邪」となると、様相はがらりと一変する。咳もさることながら、鼻にかかった風邪声には(特に女性ならば)どことなく色気がにじんでくるというもの。「春」という言葉のもつ魔力を感じないわけにはいかない。寒い冬に堪えて待ちに待った暖かい春を迎える日本人の思いには、また格別なものがある。秋でも冬でもない、やわらかくてどこかしら頼りない「春の風邪」だからこそ、「声を飾」ることもできるのであろう。声を台無しにしたり壊したりしているのではなく、「飾りて」と美しくとらえて見せたところがポイント。しかも強引に断定してしまうのではなく、「ゐるやうな」とソフトにしめくくって余韻を残した。そこに一段とさりげない色気が加わった。順子は泣魚の俳号をもつ俳句のベテランであり、すでに『連句のたのしみ』(1997)という好著もある。「連れ合い」の車谷長吉と二人だけの《駄木句会》を開いているが、掲出句はその席で作ったもの。この句に対し、長吉は即座に「うまいなあ。○だな。なるほどなあ、これ、うまいわ」と手ばなしで感心している。順子は「実感なんですよ、鼻声の」と応じている。なるほど、いくら「春の風邪」でも、男では「声を飾りて」というわけにはいかない。同じ席で「春めくや社のわきの藁人形」という、長吉を牽制したような句も作られている。『けったいな連れ合い』(2001)所収。(八木忠栄)




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