March 19 2008
闇のちぶささぐりつつ見し春の夢
那珂黙魚
那珂黙魚は詩人の那珂太郎。詞書に「幼年時」とある。幼いころ母親に抱かれて、夢うつつのなかで乳房をまさぐりつつ見た春の夢、それはいったいどんな夢だったのだろうか――。もちろん幼年ゆえ記憶にあるわけではない。だいいち幼年そのものが、まるごと夢のようなものであり、闇のようなものであると言えそうである。それもあわあわとして、どこかとりとめのない春の夢そのもののようなものであるにちがいない。いきなり「闇」と詠いだされるが、夜の暗闇のなかで乳房をさぐっている、などと限定して考えてしまうのは、むしろおかしい。幼年の定かではない記憶のなかでのこと。同時に闇そのもののような春の夢を意味しているとも言える。「闇―乳房―春の夢」の連なりがあわあわとした運びのなかで、有機的な相関関係をつくりだしていると言っていい。幼年時の朦朧とした春の夢が、茫漠とした闇のなかで懐かしくも、とりとめもなく広がってゆくように感じられて心地よさが残る。そうした夢のなかに、ゆったりと身をおくことがかなわなくなるのがオトナではないか。他に「ねむたくて眠られぬまま春の夢」という句もある。こちらは幼年ではなく、むしろオトナということになろうか。黙魚は俳句に造詣が深く、眞鍋天魚(呉夫)、司糞花(修)らと句会「雹の会」に所属している。『雹 巻之捌』(2007)所載。(八木忠栄)
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