誕生日。なんだか軽々しく七十代に入っちゃった感じ。死ぬときもそうかな。(哲




20080215句(前日までの二句を含む)

February 1522008

 春の朝日鋲の頭を跳び跳び来る

                           安藤しげる

九三一年神奈川県川崎市に生まれる。父は製鉄所勤務。六歳のとき母によって姉が苦界に売られると本人記述の年譜にある。十二歳のとき借金のため一家離散。翌年より旋盤見習工として働く。「社会性俳句」という呼称がある。主に第一次産業や、炭鉱、国鉄、工場労働などの従事者がみずからの現場から取材した俳句を指す。そこから社会批評に向ける眼差しを引き出してくる意味を込めてその名が用いられた。「社会性俳句」はしかし、高度成長経済の進展によって終焉する。ひとつの流行として幕が下ろされたかに見える。現場から直接瞬時に受け取るものを描くという方法は芭蕉以来の俳句の骨法であって、決して流行のスタイルで終わるものではないと僕は思う。現場から直接立ち上る息吹に、思想や政治性をまぶして「社会性」という言葉を当てはめ、絵に描いた餅のような汗と涙の労働と団結をでっち上げたのは、実際に現場の労働に従事したしげるたちではなく、現場労働を傍観しつつ流行のムードを演出したイデオロギー優先の「リベラリスト」や知的エリートの管理職たちである。彼らは流行を演出したあとバブル期に入るといちはやく「俳諧」に転向する。「社会性俳句」出身の「俳諧」俳人はごろごろいる。みんな俳壇的成功者である。鋲の頭を跳びながら来る春の朝日は傍観者では詠えない。この瞬間に存在の全体重をかけて、どっこい安藤しげるは生きている。『胸に東風』(2005)所収。(今井 聖)




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