サントリーがトンカツ総菜店「まい泉」を買収へ。まい泉の「泉」は井泉水の「泉」。(哲




20080118句(前日までの二句を含む)

January 1812008

 日のあたる硯の箱や冬の蠅

                           正岡子規

の句に日野草城の「日の当る紙屑籠や冬ごもり」を並べて「日のあたる」二句の比較を楽しんでいる。二句とも仰臥の位置からの視線であるところが共通点。二人とも長い病の末結核で世を去った。両者とも日常身辺の限られた範囲の中で、視覚的な物象に句材を得ている。二句の違いというか、それぞれの特徴として、僕は子規の「眼」の凝視の力と、草城のインテリジェンスを思う。子規が見出した「写生」という方法は、生きて在ることの実感を瞬間瞬間の「視覚」によって確認することが起点となっている。子規が詠んだ有名な鶏頭の句も糸瓜の句も、季題の本意や情趣がテーマではなく視覚の角度やそこに乗せる思いがテーマ。この句でも冬の蠅を凝視する子規の「眼」に子規自身の「生」が刻印されているような感じがする。何気ない枕もとの日のあたる硯箱が背景になっていることがさらに鬼気迫るほどのリアリティを見せている。一方、草城の句は、冬ごもり、書き物、反古、紙屑籠という一連の理詰めの連想が起点となっている。つまり草城は自己の病臥の状態から句を詠んでも季題の本意を忘れず、俳諧を意識し、フィクションを演出する。そこに「知」を強烈に働かせないではいられない。「新興俳句」の原動力となった所以である。『日本大歳時記』(1981・講談社)所載。(今井 聖)




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