November 272007
冬眠のはじまりガラスが先ず曇る
伊藤淳子
人間には冬眠という習慣がないので、それが一体どういうものなのかは想像するしかないが、「長い冬を夢のなかで過ごし、春の訪れとともに目覚める」というのは、たいへん安楽で羨ましく思う。しかし、実際は「眠り」というより、どちらかというと「仮死」に近い状態なのだという。消費エネルギーを最小限に切り替えるため、シマリスでいえば、呼吸は20秒に一回、体温はたった3度から8度になるというから、冬眠中安穏と花畑を駆け回る夢を見ているとは到底想像しがたい。また、冬眠は入るより覚める方が大きなエネルギーを必要とするらしく、無理矢理起こすのはたいへん危険だそうだ。環境が不適切だったためうまく目覚めることができず死に至るケースもあると知った。日常の呼吸から間遠な呼吸へ切り替えていく眠りの世界へのカウントダウンは、だんだんと遠くに行ってしまう者を見送っているような気持ちだろう。ひそやかな呼吸による規則正しいガラスの曇りだけが、生きていることのたったひとつの証となる。〈草いきれ海流どこか寝覚めのよう〉〈漂流がはじまる春の本気かな〉『夏白波』(2003)所収。(土肥あき子)
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