「イミダス」と「知恵蔵」が休刊で書店が淋しいですね。見るだけだったけど。(哲




20071121句(前日までの二句を含む)

November 21112007

 秋風や屠られに行く牛の尻

                           夏目漱石

正元年(1912)、漱石四十五歳の時の作。四年後に胃潰瘍で亡くなるわけだが、晩年に近い作であることを考慮に入れると、味わいも格別である。屠(ほふ)られに行く牛は、現在だったらトラックに何頭も乗せられている。モーと声もあげず神妙にして、どことなく不安げな表情で尻を並べて運ばれて行くのを目撃することがある。当時もすでにトラックで運んでいたのだろうか。どうやら漱石は実景を詠んだわけではなさそうだ。その年の秋に痔の手術をした、そのことを回想したものである。もともと胃弱で、1910年から1913年頃は胃潰瘍で入退院をくり返していた。修善寺の大患もその頃である。胃弱に加えて痔疾とは、漱石先生も因果なことであった。この場合の「牛の尻」はずばり「漱石の尻」であろう。牛を見てもつい尻のほうへ目が行ってしまった。文豪であるおのれを、秋風のなかの命儚い哀れな牛になぞらえて戯画化してみせたあたり、さすがである。文豪だって痔には勝てない。哀愁と滑稽とがまじりあって、漱石ならではの妙味がただよう秀句。胃弱であるにもかかわらず、油っこい洋食を好み、暴飲暴食していたというからあっぱれ。おのれの胃弱を詠んだ句「秋風やひびの入りたる胃の袋」も「骨立(こつりつ)を吹けば疾(や)む身に野分かな」もよく知られている。いずれもおのれをきちんと対象化している。今年九月から江戸東京博物館で開催されていた「文豪・夏目漱石」展は、つい先日十一月十八日に終了した。なかなか見ごたえのある内容でにぎわった。『漱石全集』第12巻(1985)所収。(八木忠栄)




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