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October 28102007

 埴輪の目色無き風を通しけり

                           工藤弘子

輪と土偶と、いつも区別がつかなくなってしまいます。土偶は縄文時代のもので、一方埴輪は、古墳時代のものだということです。素焼きの焼き物です。「ドグウ」にしろ「ハニワ」にしろ、口に出せばどこかさびしげな響きをもった音です。ここで詠われているのはおそらく「人物埴輪」。目と口に穴をうがたれた、単純な表情のものです。単純なゆえに、かえって見るものの想像をかきたてるものがあります。まぶたも唇も無い、ぽっかりと開いた目と口の穴が、私たちに語りかけるものは少なくありません。掲句、季語は「色なき風」、単色の冷たさで吹きつのる秋の風を意味しています。「色無き」は「風」にかかっていますが、埴輪の目の、無表情の「無」にも通じているようです。風は埴輪の外から、目を通し口を通して、何の抵抗も無く内部へ入り込んでゆきます。それだけのことを詠っている句ではありますが、読者としては、どうしても「人物埴輪」を、生きた人の喩えとして見てしまいます。秋の日の、冷たい風の中に立つ自分自身の姿に照らし返してしまいます。日々、複雑な感情と体の構造を持つ「人」の生も、吹く風に向かうとき、単純な一個の「もの」に帰ってゆくようです。さまざまに悩み、さまざまに楽しむ個々の生も、時がたてば、この埴輪の表情ほどに単純なものに、帰してしまうものかもしれません。『角川俳句大歳時記 秋』(2006・角川書店)所載。(松下育男)




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