October 13 2007
秋晴の都心音なき時のあり
深川正一郎
秋は、空があきらか、が語源という説があるという。雲ひとつ無い高い青空をじっと見ていると、初めはただ真っ青だった空に、無限の青の粒子が見えてくる。ひきこまれるような、つきはなされるような青。秋晴の東京、作者はどこにいるのだろう。公園のベンチで、本当に音のない静かな時間を過ごしているのかもしれない。あるいは、雑踏の中にいて、ふと空の青さに見入るうち、次第に周りの音が聞こえなくなって、自分自身さえも消えてゆくような気持になったのかもしれない。秋の日差も亦、さまざまなものを遠くする。昭和六十二年に八十五歳で亡くなった作者の、昭和五十七年以降の六年間、句帳百冊近くをまとめた句集「深川正一郎句集」(1989)からの一句である。一冊に六百句書けるという。それにしても、二十年前の東京は、少なくとも今年よりは、もう少し秋がくっきり訪れていたことだろう。(今井肖子)
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