↓我ながら上手く撮れたと気に入っています。本当に嬉しそうな少女の表情……。(哲




20070921句(前日までの二句を含む)

September 2192007

 汝を泣かせて心とけたる秋夜かな

                           杉田久女

分の心の暗部を表白する俳句が、大正末期の時代の「女流」に生まれていたのは驚くべきことである。厨房のこまごまを詠んだり、自己の良妻賢母ぶりを詠んだり、育ちの良い天真爛漫ぶりを演じたり、少し規範をはみ出すお転婆ぶりを詠んだり、当時のモガ(モダンガール)を気取ったりの作品は山ほどあるけれど、それらは、どれも「男」から見られている「自分」を意識した表現だ。それは当時の女流の限界であって、そういう女流を求めていた男と男社会の責任でもある。今においては、「女流」なんて言い方は時代錯誤と言われそうだが現代俳句においてどれほど意識は変革されたのか。ここからここまでしか見ないように、詠わないようにしましょうと啓蒙し、自分は自在に矩を超えて詠んだ啓蒙者のいた時代は終わった。自ら進んで規範に身をゆだね啓蒙される側に立つのはもうやめよう。男も女も。われらの前にはただ空白のキャンバスが横たわっているのみである。『杉田久女句集』(1951)所収。(今井 聖)




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