柏崎刈羽原発「閉鎖すべし」と学者らが声明。脱原発を目指して考えるべき時だ。(哲




20070822句(前日までの二句を含む)

August 2282007

 ちれちれと鳴きつつ線香花火散る

                           三井葉子

の夜は何といっても花火。今年も各地の夜空に華々しくドッカン、ドッカンひらいた打ち揚げ花火に、多くの観客が酔いしれたことでしょう。それもすばらしいけれども、数人が闇の底にしゃがんでひっそりと、あるいはガヤガヤと楽しむ線香花火にも、たまらない夏の風情が感じられる。「ちれちれ」は線香花火のはぜる音だが、「散れ散れ」の意味合いが重ねられていることは言うまでもあるまい。「ちれちれ」は音として言い得て妙。「散れ」に始まって「散る」に終ることを、葉子は意図していると思われる。そこには「いつまでも散らないで」というはかない願いがこめられている。さらに「鳴きつつ」は「泣きつつ」でもあろうから、いずれにせよこの句の風情には、どこかしらうら寂しさが色濃くたちこめている。時季的には夏の盛りというよりは、もうそろそろ晩夏かなあ。花火に興じているのが子どもたちだとすれば、夏休みも残り少なくなってきている時期である。この句にじんわりとにじむ寂しさは拭いきれないけれど、どこかしらほのぼのとした夏の残り火がまだ辛うじて生きているような、そんな気配も感じとれるところが救いとなっている。あれも花火・これも花火である。葉子は関西在住の詩人だが、はんなりとした艶を秘めた句境を楽しんでいるようだ。「ひとり焚くねずみ花火よ吾(あ)も舞はむ」「水恋し胸に螢を飼ひたれば」などの句もならぶ。『桃』(2005)所収。(八木忠栄)




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