August 07 2007
水銀の玉散らばりし夜の秋
佐藤郁良
夏の夜にどことなく秋めいた感じを受けることを「夜の秋」と称する。もともとが個人の受ける「感じ」が主体であるので、しからばそれをどのように表現するかが勝負である。歳時記の例句を見ると長谷川かな女の〈西鶴の女みな死ぬ夜の秋〉、岡本眸の〈卓に組む十指もの言ふ夜の秋〉などが目を引く。どちらも無常を遠くに匂わせ、移ろう季節に重ねるような背景である。一方、掲句は目の前の様子だけを言ってのけている。しかも、体温計をうっかり割って、水銀が一面に散らばってしまうというのだから、その様子はたいへん危険なものだ。水銀が有毒であることは充分理解しつつも、その玉の美しさ、おそるおそる爪先で寄せればひとつひとつがふつりとくっつき合う様子は不思議な魅力に満ちている。多くの経験者には、この液体である金属の持つあやしい状景がはっと頭に浮かぶのではないだろうか。そして、それがまことにひやっとした夜の感触をうまく呼び寄せている。『海図』(2007)所収。(土肥あき子)
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