さあ三連休だ。でも梅雨の真っ最中だ。おまけに台風だ。しかも騒がしい選挙カー。(哲




20070714句(前日までの二句を含む)

July 1472007

 いと暗き目の涼み人なりしかな

                           杉本 零

涼(すずみ)とも書く涼み。夕涼み、のほかにも、磯涼み、門涼み、橋涼み、土手涼み、などあり、昔は日が落ちると少しでも涼しい場所、涼しい風をもとめて外に出た。現在、アスファルトに覆われた街では、むっとした夜気が立ちこめるばかりで、団扇片手にあてもなく涼みに出る、ということはあまりない。都内の我が家のベランダに出ると、東京湾の方向からかすかな海の匂いを含んだ涼風が、すうっと吹いてくることがたまにはあるけれど。この句に詠まれている人、詠んでいる作者、共に涼み人である。今日一日を思いながら涼風に向かって佇む時、誰もが遠い目になる。たまたま居合わせた人の横顔を見るともなく見ると、その姿は心地良い風の中にあって、どこか思いつめたような意志を感じさせる。しばらくして、とくに言葉を交わすこともなく別れたその人の印象が、いと暗き目、に凝縮された時、その時の自分の心のありようをも知ったのだろう。〈風船の中の風船賣の顔〉〈ミツ豆やときどきふつと浮くゑくぼ〉人に向けられた視線が生む句の向こう側に、杉本零という俳人が静かに、確かに存在している。お目にかかって、俳号の由来からうかがってみたかった。句集最後の句は〈みをつくし秋も行く日の照り昃り〉『零』(1989)所収。(今井肖子)




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