June 192007
死んでゐる蛇をしまひし布袋
茅根知子
蛇を嫌うあまり「巳年の年賀状を見ることができない」と嘆く友人がいる。常に人から嫌われる生き物の上位に位置する蛇である。邪馬台国では、情報の伝達を禁じるために「文字を書くとその文字がすべて蛇となる」とおふれを出し、人々を容易く信じ込ませたという。蛇を怖れることは、人間が遠く洞窟に暮らしていた時代にさかのぼるというのだから、先祖代々の記憶の種として植え付けられているのかもしれない。掲句の蛇は駆除されたものか、蝮捕りの袋なのか不明だが、その存在は生々しい。俳句は淡々と詠むほどに、読み手に拒絶する時間を与えず広がってしまう映像がある。ことに掲句の下五、「布袋」とぽつんと言い留めたところに、不穏なふくらみを持った目の粗い麻布が、湿り気を伴い、こちらの膝に放り出されたような感触で迫ってくる。蛇は死んだことにより、単なる生き物から永遠の命を持つ化け物へと生まれ変わった。赤い瞳を閉じ、暗い袋のなかでうずくまっているであろう姿は、生きているよりはるかに恐ろしいあり様である。この袋には死んだ蛇が入っている、それだけの情報が、それぞれに形を変えて読者の心に浸透する。『眠るまで』(2004)所収。(土肥あき子)
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