20070614句(前日までの二句を含む)

June 1462007

 黴の花イスラエルからひとがくる

                           富沢赤黄男

断すると黴の生える季節になった。黴は陰気の象徴であるとともに、「黴が生える」「黴臭い」といった言葉は転じて「古くなる」「時代遅れになる」といった意味で使われることが多い。「黴の花」というけれど、黴は胞子によって増殖するので、花は咲かない。歳時記の例句を見ると、ものの表面に黴が一面に広がった状態を「黴の花」と形容しているようだ。現在のイスラエルの建国は1948年。この句が作られた昭和10年代、「イスラエル」は現実には存在しない国名だった。ローマ帝国に滅ぼされ、長らく国を持たず千年にわたって流浪の民となったユダヤ人が夢見た「乳と蜜の流れる王国」は聖書の中にしか存在しない幻の国だった。眼前の事実からではなく、言葉やイメージから発想する方法をとっていた作者は、実際の花として存在しない「黴の花」を咲かせることで、時空をワープして古代人がぬっと現れる不思議な仮想空間を作りだそうとしたのだろうか。言葉と言葉を結び付けることで見えない世界を見ようとした赤黄男の言葉の風景は60年のち現実のものとなった。しかし幻影が事実となった今も、「イスラエル」と「黴の花」の取り合わせはこの句に謎めいた雰囲気を漂わせているようだ。『現代俳句の世界16』(1985)所収。(三宅やよい)




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