April 20 2007
胸の幅いつぱいに出て春の月
川崎展宏
展宏さんが虚子に興味を持ち始めたのはいつごろからだろう。「寒雷」の編集長を長く勤めた森澄雄さんの周辺にいて、「杉」創刊に参加。理論、実作、その気風からも「寒雷」抒情派の青年将校だった氏はそのまま「杉」の中核となったが、同時に「寒雷」同人として作品を寄せ師加藤楸邨への真摯な敬慕を感じさせた。句会に展宏さんが顔を見せたときの楸邨のうれしそうな顔が忘れられない。「展宏くんいくつになった」「はい、四十を超えました」「この間、大学卒業の挨拶に見えたような気がするけど、もう四十ですか」。句会の席でのそんなやりとりを昨日のことのように覚えている。「杉」参加後の展宏さんは高濱虚子への興味を深め、『虚子から虚子へ』などの著作を著す。花鳥諷詠と新興俳句への疑義が「寒雷」創刊の動機のひとつだったという認識から、僕はいろんなところで展宏さんに咬みついたが、今になってそのことは僕の思慮不足だったように感じている。展宏さんは自分の抒情の質に新しい息吹を注入するために観念派楸邨と対極にある存在から「学んで」いたのだった。こんな句をみるとそのことがよくわかる。「胸の幅いつぱいに」の「幅」は楸邨と共通する「観念」。そこに基づいた上で、この句全体から醸し出すおおらかな「気」は展宏さんが開拓した新しい抒情を示しているように思う。ふらんす堂『季語別川崎展宏句集』(2000)所載。(今井 聖)
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