April 13 2007
鬼はみな一歯も欠けず春の山
友岡子郷
鬼は怖ろしい口を開けて、むしゃむしゃとなんでも食べてしまうから歯が丈夫であらねばならない。虫歯を持った鬼なんて想像もできない。春の山は木々の花の色を映してカラフル。明るい日差しと青空を背景に、そこに住む鬼も極めて健康的なのだ。民話の中の鬼は悪さをするがどこか間が抜けていて憎めない。最後は退治されたり懲らしめられて泣きながら山に逃げ去ったりと、どこか哀れな印象さえ漂う。草田男、楸邨などのいわゆる「人間探求派」の作品傾向についてよく使われる向日性という言葉がある。虚子が言った「俳句は極楽の文学」という言葉もある。両者とも、辛い、暗い、悲しい内容より、明るい前向きの内容こそが俳句に適合するという意味。苦しい現実を描いてもそのむこうに希望が見えて欲しい。「写生」の対象も明るくあって欲しい。そういう句を目指したいという主張だ。こういう句をみるとそれが納得できる。癌と闘いながら将棋を差した大山康晴永世十五世名人は最晩年、色紙揮毫を頼まれると「鬼」という字を好んで書いたという話を思い出した。誰かが将棋の鬼という意味ですねと尋ねると、そうじゃなくて鬼が近頃夢の中に現れて黄泉の国に連れていこうとするんだ、と話したとあった。これは怖い鬼だ。花神現代俳句『友岡子郷』(1999)所載。(今井 聖)
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