April 11 2007
畑打つや中の一人は赤い帯
森 鴎外
春先の陽をいっぱいに浴び、人がせっせと畑を打つ風景。それはかつての春の風物詩であった。今はおおかた機械化されてしまって、こうした風景はあまり見られなくなった。年々歳々田や畑から失われていった農村風景である。まだ冬眠をむさぼっている蛙などがあわてて跳び出したり、哀れ鍬の犠牲になったり・・・・鴎外は現場のそんな残酷物語にまで視線を遊ばせることはない。畑のあちらこちらで鍬を振るう姿が散見されるなかで、一人だけ赤い帯をきりりと締めて黙々と畑を打っている女性に目を奪われた。農家の若い嫁さんが、目立つ赤い帯をして農作業をしている姿は、私の目の隅っこにも鮮やかに残っている。野良仕事のなかにも、女性のおしゃれは慎ましくもしっかり息づいていた。何かの折に目にした光景であろうか、鴎外にしてはやわらかいハッとした驚きが生きている。鴎外に対する先入観とのズレを感じさせるような、その詠いぶりに興味をおぼえた。鴎外は俳句もたくさん残している。同じように農村風景を題材にした句に「うらゝかやげんげ菜の花笠の人」がある。初めて尾崎紅葉に紹介されたとき、鴎外はこう言ったという。「長いものは秋の夜と鴎外の論文、短いものは兎の尾と紅葉の小説」。紅葉の俳句もよく知られているが、「長いもの」と自らを皮肉った鴎外が、いっぽうで短詩型に親しんだというのも皮肉?『鴎外全集』19(1973)所収。(八木忠栄)
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