20061203句(前日までの二句を含む)

December 03122006

 暦売る家あり奈良の町はづれ

                           五十嵐播水

レンダーというものは、今でこそ10月くらいからデパートでも書店でも売っています。また、酒店や会社からただでもらう機会もすくなくありません。しかし昔は、「暦屋」なるものがあって、特定の場所で売られていたようです。たかが印刷物ですが、やはり印刷された数字の奥には、それぞれの日々がつながっており、人の生活にはなくてはならないものです。「古暦」といえば、過去の時間がたっぷり詰め込まれた思い出の集積です。それはそれで捨てがたいものがあり、見ていて飽きないものですが、この句が詠んでいるのは、もちろん「初暦」です。まだなにも書かれていない、まっさらな日々の一束(ひとたば)です。暦を売る「家」とあり、「店」とはいっていないところを見ると、大げさに店を構えているのではなく、片隅で、数冊の「日々」を商っているのでしょうか。奈良の町はづれに、古い時代を身に纏(まと)ったようにして暦を商う家があります。「奈良」という地名が、悠久の時の流れを感じさせ、その時の流れから、一年分を切り取って、店先で売り出しているようです。句の端から端までを、きれいに「時」が貫いています。『合本俳句歳時記 第三版』(角川書店)所載。(松下育男)




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