20061105句(前日までの二句を含む)

November 05112006

 たはしにて夜学教師の指洗ふ

                           沢木欣一

う40年も前になります。私の通っていた都立高校は、夜間もやっていました。同じ教室で、昼間とは違った生徒が同じ机を使用して授業を受けていました。朝、学校へ行って椅子に坐ると、机の上に自分のものとは違う消しゴムのかすが残っていました。数時間前にここにいた少年の存在を、じかに感じたものです。当時は意味も考えずに「定時制」という言葉を使っていました。昼間の学校も定時といえば定時なのに、何故かこちらのほうは「全日制」と言います。「定時」という言葉には、限られた時間の中に生を込めようとするものの、必死の思いを感じることができます。掲句、たわしで洗わねばならないほどのものとは何なのか、というのが真っ先に思ったことでした。指をたわしで洗うという行為は、自分にひどくこびりついたものを懸命に落している姿を想像させます。わざわざ「夜学」といっているところを見ますと、昼は別の生活を持ち、夜に教鞭をとっている人の、日々の困難さを暗示しているようです。夜に学ぶ生徒たちに会う前に、血がにじんでも落しておきたいものが、この教師にはあったのです。季語は「夜学」。勉強に適した季節という意味で、秋に置かれています。『合本俳句歳時記 第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)




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