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20060903句(前日までの二句を含む)

September 0392006

 吊革に手首まで入れ秋暑し

                           神蔵 器

というのはなぜか電車に乗ると、坐りたくなる生き物に変わってしまうようです。駅に着くたびに、どこか空き席がでないかと期待する思いは我ながら浅ましく、そんな自分がいやになって、今度は意地でも坐るまいとくだらない決断をしてみたりもするものです。それはともかく、掲句です。吊革に手首まで入れということですから、姿勢よくまっすぐに立っているのではなく、身体はかなり斜めに傾いています。その傾きに沿うようにして、秋の西日が入り込む夕方の情景かと思われます。一日の労働の後の、人それぞれの思いをいだいて乗った車両。句に詠まれた勤め人の一日にも、さまざまなことがあり、上司から叱責のひとつも受けてきたのでしょうか。あるいは電車に乗るまでに一杯引っかけて、酔いのまわっただるい体をつり革にぶら下げているのかもしれません。句にある吊革の握り方は「手首掛け」、普通の握り方は「順手にぎり」と言います。思えば、自分の掌でしっかりと何かを掴むという行為は、一日の内でも、それほどはありません。世の中にしがみつくように、そんなに強くにぎるわけですから、吊革には日々、わたしたちから剥がれたものがくっついてゆきます。生命にさんざん握られて、吊革もかなり疲れているでしょう。秋の日差しを暑く感じているのは、本当は手首を深く入れられた、吊革のほうなのかもしれません。『合本 俳句歳時記第三版』(2004・角川書店)所載。(松下育男)




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