昨日から急に涼しくなった東京です。それでも電車やバスは冷房を止めません。(哲




20060902句(前日までの二句を含む)

September 0292006

 一粒の露の大きくこぼれたる

                           山本素竹

は一年中結ぶものではあるが秋に著しいので、単に露といえば秋季となる。また「露けし」「露の世」「露の身」などと使い、はかなさや涙にたとえる句も私の周りには多いが、この句のように、「露」そのものを詠んでいながら余韻のある句にひかれる。この作者には〈百万の露に零るる気配なく〉という句もあり、「一粒」と「百万」、かたや「こぼれ」かたや「零るる気配なく」対照的だが、いずれも「露」そのものが詠まれている。葉の上にあるたくさんの露を見つめていると、朝の光の中で自らの重さについと一粒こぼれる。たった一粒だけれど、一粒だからこそ、はっとしてしまう。その露はまた、虫や草木にとっては命の糧でもある。「こぼれたる」とひらがなにすることで、なお動きも見えてくる。それに対して「百万」の句は、「零るる」と漢字にして大きい景を見せている。いかにも広い早朝の野が想像されるが、「ずっと露の景が頭にあって句になっていなかったのが、ある朝家から出て足下の草を見ていたらできた」ときく。授かった一句ということか、羨ましい限り。『百句』(2002)所収。(今井肖子)




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