草森紳一『随筆 本が崩れる』(文春新書)を一気読み。本の山の写真だけでもコワい。




20051023句(前日までの二句を含む)

October 23102005

 芸亭の桜紅葉のはじまりぬ

                           岩淵喜代子

語は「桜紅葉」で秋。「芸亭(うんてい)」は、日本最古の図書館と考えればよいだろう。奈良時代後期の有力貴族であった石上宅嗣(いそのかみのやかつぐ)によって、平城京(現在の奈良市)に設置された施設だ。仏道修行のための経典などが収められていたと、創設経緯などが『続日本紀』(797年完成)に出てくる。しかし、宅嗣の死後間もなくに長岡遷都が行われ、荒廃した平城京とともに「芸亭」も消滅してしまったと思われる。したがって、掲句の「芸亭」は幻である。絵も残されていないので、どんなたたずまいだったのかは誰にもわからない。掲句は、そんな幻の建築物の庭には「桜」の樹があって、こちらは誰もが見知っている「紅葉」がはじまったと言うのである。つまり作者は、幻の芸亭に現実の桜紅葉を配してみせたわけだ。「桜紅葉」は、他の紅葉に先駆けて早い。すなわち、もはや幻と化している芸亭にもかかわらず、そこにまた重ねて早くも衰微の影がしのびよってきた図だと解釈できる。幻とても、いつまでも同じ様相にあるのではなく、幻すらもがなお次第に衰えていくという暗喩が込められた句ではなかろうか。想像してみると美しくも幻想的な情景が浮かんでくるが、その美しさの奥に秘められているのは,冷たい世の無常というようなものであるだろう。「俳句研究」(2005年11月号)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます