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October 13102005

 冴えざえとルイ・アラゴンのことなどを

                           小川和彦

の季語に「冴ゆ」があって、寒さの極まった感じを言う。掲句の「冴えざえ」を季語と見て便宜的に「冴ゆ」に分類はしておくが、この場合の「冴えざえ」は体感というよりも心の鮮やかな状態を表している。となれば、むしろ晩秋くらいの季節感と解釈するほうがよいのかもしれない。それにしても、ルイ・アラゴンとは懐かしい名前だ。第二次大戦のナチスによる被占領下フランスで、伝統的な詩型を駆使してレジスタンス作品を書いた。左翼文学の雄として世界的に名が知られ、私が学生の頃には日本でも人気の高かった詩人である。作者がどういうきっかけで「アラゴンのことなどを」冴えざえと思い出したのかはわからないが、現今のキナ臭い世界情勢のなかで、ふっとかつての左翼詩人に思いがゆくことは不自然ではないだろう。アラゴンの優れた詩は、声高に抵抗を叫ぶのではなく、むしろみずからの傷心に身を沈めつつ、そこから世の中の理不尽を静かに告発するというものであった。短い詩「C(セー)」を安藤元雄の訳で紹介しておく。「C」は、「セーの橋」という町の名前から来ている。戦略上の要衝にあるため、古くからたびたび戦場となった町だ。とくにドイツ占領軍撤退の際の激戦地として知られる。「僕は渡った セーの橋を/すべてはそこに始まった//過ぎた昔の歌にある/傷ついた騎士のこと//夏に咲いた薔薇のこと/紐のほどけたコルサージュのこと//気のふれた公爵の城のこと/お堀に群れる白鳥のこと//永遠に待つ花嫁が/踊りにくるという野原のこと」。句は俳誌「梟」(2005年10月号)所載。(清水哲男)




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