写真。運転手にフラッシュを焚かせてもらった。窓外より内部を撮りたかったのが本音。




20051007句(前日までの二句を含む)

October 07102005

 埠頭まで歩いて故郷十三夜

                           松永典子

語は「十三夜」で秋、「後(のち)の月」に分類。陰暦九月十三日(今年の陽暦では十月十五日)の月のこと。名月の八月十五夜に対して後の月と言い、宇多法皇がはじめた行事とされる。中国の行事である十五夜に対抗して、日本の月ならば十三夜がベストだというわけか。「十三」という数字は、欧米ではキリスト教がらみで嫌う人が多いようだが、日本では「富(とみ)」に通じ、また十二支の次の数でもあるから「出発」に通じて縁起が良いと言われたりする。掲句は、久しぶりに故郷を訪ねた作者が名残りを惜しんで、最後の夜を散策しているのだろう。子供のころに慣れ親しんだ「埠頭(ふとう)」から、もう一度海を眺めておきたい。折しも、今宵は十三夜だ。澄み切った月の光に照らされて歩きながら、この月を「名残の月」とも言うことを思い出して、作者はいちだんと感傷的な気分にひたされてゆく。夜風は、もう肌寒い。月と埠頭。これだけでも絵になりそうな風景に、名残り惜しいという情のフィルターがかけられているのだから、ますますもって美しい絵に仕上がっている。それもカラフルな絵ではなく、モノクロームだ。鮮かに、目に沁みてくるではないか。十三夜の句として、一見地味ながら出色の出来だと思う。『埠頭まで』(2005)所収。(清水哲男)




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