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September 1692005

 呪ふ人は好きな人なり紅芙蓉

                           長谷川かな女

語は「芙蓉(ふよう)」で秋。近所に芙蓉を咲かせているお宅があり、毎秋見るたびに掲句を思い出す。といっても、共鳴しているからではなくて、かつてこの句の曖昧さに苛々させられたことが、またよみがえってくるからである。つとに有名な句だ。有名にしたのは、次のような杉田久女に関わるゴシップの力によるところが大きかったのだと思う。「(久女の)ライバルに対する意識は旺盛でつねに相手の俳句を注視し、思いつめてかな女の句が久女より多く誌上にのると怒り狂い、『虚子嫌ひかな女嫌ひの単帯』という句をわざわざ書いて送ったりするが、かな女のほうは『呪ふ人は好きな人なり花芙蓉』と返句する。軽くいなされて久女はカッとなった」(戸板康二「高浜虚子の女弟子」)。「花芙蓉」は「紅芙蓉」の誤記だ。プライドの高かった久女のことだから、さもありなんと思わせる話ではあるが、実はまったくの誤伝である。誤伝の証明は簡単で、掲句は久女句よりも十五年も前の作だからだ。しかし戸板もひっかかったように、長年にわたってこの話は生きていたようで、「ため」にする言説は恐ろしい。ところで、私が句を曖昧だと言うのは、「呪ふ」の主体がよくわからないところだ。ゴシップのように「呪ふ」のは他者であるのか、それとも「好き」の主体である自分なのか、はなはだ漠然としている。どちらを取るかで、解釈は大きく異なってくる。考えるたびに、苛々させられてきた。失敗作ではあるまいか。諸種の歳時記にも例句として載っているけれど、不思議でならない。私としては、まずこの句をこそ呪いたくなってくる(笑)。『女流俳句集成』(1999)所収。(清水哲男)


July 3072008

 酔ひふしのところはここか蓮の花

                           良 寛

の花で夏。「ところ」を「宿(やどり)」とする記録もある。良寛は酒が大好きだったから、酒を詠んだ歌が多い。俳句にも「ほろ酔の足もと軽し春の風」「山は花酒や酒やの杉はやし」などと詠んだ。酒に酔って寝てしまった場所というのは、ここだったか・・・・。傍らには蓮の花がみごとに咲き香っている。まるで浄土にいるような心地。「蓮の花」によって、この場合の「酔ひふし」がどこかしら救われて、心地良いものになっている。良寛は庵に親しい人を招いては酒を酌み、知人宅へ出かけては酒をよばれて、遠慮なくご機嫌になった。そんなときぶしつけによく揮毫を所望されて困惑した。断固断わったこともたびたびあったという。子どもにせがまれると快く応じたという。基本的に相手が誰であっても、酒はワリカンで飲むのを好んだ、というエピソードが伝えられている。良寛の父・以南は俳人だったが、その句に「酔臥(よひふし)の宿(やどり)はここぞ水芙蓉」があり、掲出句はどうやら父の句を踏まえていたように思われる。蓮の花の色あいの美しさ清々しさには格別な気品があり、まさに極楽浄土の象徴であると言ってもいい。上野不忍池に咲く蓮は葉も花もじつに大きくて、人の足を止めずにはおかない。きれいな月が出ていれば、用事を忘れてしゃがんでいつまでも見あげていることのあった良寛、「ここ」なる蓮の花に思わず足を止めて見入っていたのではあるまいか。今年は良寛生誕250年。『良寛全集』(1989)所収。(八木忠栄)


June 1062009

 紫陽花に馬が顔出す馬屋の口

                           北原白秋

陽花が咲きはじめている。紫陽花はカンカン照りよりはむしろ雨が似合う花である。七変化、八仙花―――次々と花の色が変化して、観る者をいつまでも楽しませてくれる。花はてんまりによく似ているし、また髑髏にも似た陰気をあたりに漂わせてくれる。“陽”というよりは“陰”の花。それにしても、馬屋(まや)の入口にびっしり咲いている紫陽花と、長い馬の顔との取り合わせは、虚をついていて妙味がある。今をさかりと咲いている紫陽花の間から、のっそりと不意に出てくる馬の顔も、白秋にかかるとどこかしら童謡のような味わいが感じられるではないか。そういえば白秋のよく知られた童謡のなかでは、野良へ「兎がとんで出」たり、蟹の床屋へ「兎の客」がやってきたりする。この句はそんなことまで想起させてくれる。紫陽花の句では、安住敦の「あぢさゐの藍をつくして了りけり」が秀逸であると私は思う。白秋の作句は大正十年(小田原時代)からはじまっており、殊に関東大震災を詠んだ「震後」三十八句は秀抜とされている。その一句は「日は閑に震後の芙蓉なほ紅し」。ほかに「白雨(ゆふだち)に蝶々みだれ紫蘇畑」「打水に濡れた小蟹か薔薇色に」などに白秋らしい色彩が感じられる。句集に『竹林清興』(1947)がある。『文人俳句歳時記』(1969)所収。(八木忠栄)


October 20102009

 芙蓉閉づをんなにはすぐ五時が来て

                           坂間晴子

蓉の季節の午後五時は、ちょうど日の入り間近の時間である。秋の晴天は日が沈むとみるみる暗くなる。またたく間の日の暮れかたで、ようやく夜がそこまで近づいていることに気づく。五時とは不思議な時間である。掲句の、女に近寄る五時とは、生活時間だけではなく、ふと気づくとたちまち暮れてしまう人生の時間も指しているが、芙蓉の花がむやみな孤独から救っている。朝咲いて夕方には萎んでしまう芙蓉が悲しみを伴わないのは、数カ月に渡って次々と花を咲かせるからだろう。すぐ五時が来て、夜が訪れるが、また朝もめぐることを予感させている。年齢を3で割ると人生の時間が表れるという。24歳の8時は働き始め、30歳は10時、45歳は15時でひと休み。黄昏の17時は51歳となる。所収の句集は、昭和三年生まれの作者が50歳になる前に編まれたもの。四十代の女性の作品として紹介していただいた句集である。若くもなく、かといって老いにはまだ間のある四十代を持て余しているようなわたしに、こつんと喝を入れる一冊となった。〈ヘアピンもて金亀子の死を確かむる〉〈背を割りて服脱ぎおとす稲光〉〈水澄むやきのふのあそびけふ古ぶ〉『和音』(1976)所収。(土肥あき子)




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