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August 1382005

 土用波わが立つ崖は進むなり

                           目迫秩父

語は「土用波」で夏。夏の土用のころ,太平洋岸で多く見られる高波のこと。台風シーズンに多い。炎暑のなか、晴れて風もないのに波が押し寄せてくるのは,遠い洋上の台風の影響だ。そんな土用波を、作者は高い「崖」の上に立って見下ろしている。見下ろしているうちに,目の錯覚で,まるで崖が沖のほうへと進んでいるように思えてきた。いや、確かに進んでいるのだ。子供っぽいといえばそれまでだが、進んでいる気持ちには,波涛を越えて巨船を自在にあやつる船長のような誇らしさすら湧いてきている。勇壮なマーチの一つも,聞こえてきそうな句だ。と、この句の良さはわかるのだが、私はこうした状況が苦手だ。「進むなり」と想像しただけで,もういけない。船酔いしたときのように、頭がくらくらしてくる。三半規管と関係がありそうだが、よくわからない。そういえば高校時代に、川に入って魚を釣ったことがあった。当然川の流れを見つめることになり,見つめているうちに身体のバランスを失ってしまって倒れそうになり,ほうほうの体で引き上げたこともあったっけ。目の錯覚だと頭ではわかっていても、身体が理解して反応してくれないのだから情けない。とにかく、自分の足元が動くことには臆病なのだ。そんな具合だから,私は「それでも地球は動く」の地動説よりも、本音では天動説のほうがずっと好きである。『新歳時記・夏』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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