July 24 2005
蝉時雨一分の狂ひなきノギス
辻田克巳
季 語は「蝉時雨(せみしぐれ)」で夏。近着の雑誌「俳句」(2005年8月号)のグラビアページに載っていた句だ。作者の主宰する「幡」15周年を祝う会が京都であり、その集合写真に添えられていた。私は俳人にはほとんど面識がないこともあり、こういうページもあまり見ないのだが、たまたま面白いアングルからの写真だったので目が止まったというわけだ。最前列の中央の作者からなんとなく目を流していたら、いちばん右側に旧知の竹中宏(「翔臨」主宰)が写っていて、懐かしいなあとしばし豆粒のような彼の顔を眺めていた。まあ、それはともかく、この「ノギス」もずいぶんと懐かしい。簡単に言えば、物の長さを測定する道具だ。外径ばかりではなく、段差やパイプの内径とか深さなども測れる。父親が理工系だった関係から、ノギスだの計算尺だの、あるいは少量の薬品などの重さを量る分銅式の計量器だのが、子供の頃から普通に身辺にあった。それらを私はただ玩具のように扱っただけだけれど、どういうものかは一応わかっているつもりだ。蝉の声が降り注ぐ工場か、あるいは何かの研究室か。ともかく暑さも暑し、注意力や集中力が散漫になりがちな環境のなかで、作者(だと思う)は「一分の狂ひ」もないノギス(精度は0.05ミリないしは0.02ミリ)を使って仕事をしている。測っていると、汗が額や目尻に浮かんでくる。それを拭うでもなく、一点に集中している男の顔……。変なことを言うようだが、「カッコいい」とはこういうことである。良い句だなあ。(清水哲男)
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