東京のTVでは首位攻防の阪神中日戦を見られない。ラジオ中継もない。勝手にしやがれ。




20050710句(前日までの二句を含む)

July 1072005

 お流れとなりし客間の日雷

                           澁谷 道

語は「日雷(ひかみなり・ひがみなり)」で夏、「雷」に分類。晴天時にゴロゴロッと鳴って、雨を伴わない雷だ。我が家にそんなスペースはないけれど、「客間」というのは普段は使うことのない部屋である。だから、いざ来客があるとなると、窓を開けて空気の入れ替えをしたり掃除をしたり、それなりに花を活けたりなどといろいろ準備をすることになる。それが先方のよんどころない事情のために、急に来られなくなってしまった。「お流れ」である。迎える準備をしただけではなく、とても楽しみにしていた来訪だったので、作者はがっかりしている。拍子抜けした目で客間を見回しているうちに、ときならぬ雷鳴が聞こえてきた。思わず外に目をやるが、よく晴れていて降りそうな気配もない。妙な日だな。立ちつくした作者に、そんな思いがちらりとよぎる。このときに「お流れ」と「日雷」は何の関係もない。ないのだが、この偶然の雷鳴は作者のがっかりした気持ちの、いわば小さな放心状態を増幅し補強することになった。つまり、ここでの雷鳴はドラマのBGMのような効果をもたらしているのである。人生に映画のようなBGMがあったら、どんなに面白いかと夢想することがあるが、私にこの句は、偶然の音を捉えて、そんな夢想の一端を現実化してみせたもののように写る。「俳句研究」(2005年7月号)所載。(清水哲男)




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